少し前まで梅雨寒かなと言っていたのだけど
昨日、梅雨が明けたと思ったら一気に気温が上がった(°0°)
今日は、夕方、涼しくなりましたが
これから熱帯夜になるとか…(^_^;
「近畿で気温上昇 京都など35度近くに 熱中症対策を」(関西NHK)林明子さんが逝去されました。
『こんとあき』(特設サイト 福音館)が、好きでした。
他にもいろいろ好きな絵本がありますが、読んでいない絵本もまだまだあります。
その中で気になっているのが
47 おでかけのまえに
筒井頼子/作 林明子/絵
福音館書店 1981年
(中略)
絵本の中の絵と出会う
(中略)
『おでかけのまえに』の絵も林 明子さんが描いています。
ピクニックの日の朝、せっかくお母さんが作ってくれたお弁当をぐじゃぐじゃにつめて得意そうな顔、お父さんの用意した鞄をパンクさせてびっくりした顔……。
どのページもこどもを素直な暖かいまなざしで描いています。
(『小児科医が見つけたえほんエホン絵本』「小児科医と絵本」の会 編著 医歯薬出版 2005年) 私の長女もいろんなことを一所懸命しようとするのですが、なぜか失敗する子でした。
この絵本のあやこの姿に重なるところが多かったように思います。
私達が絵本についてアンケートを行った時、「『おでかけのまえに』が好き」というお母さんがいらっしゃいました。
好きな理由は「自分のこどもも同じようなことをしそうだから」というものでした。
やっぱりあやこのようなこどもはたくさんいるんだな、と安心しました。
もっとも私はこの絵本のお母さんやお父さんのようにこどもをゆったりと包んであげられず、叱ってばかりいたような気がします。
あやこのお母さん、お父さんはえらい!
(『小児科医が見つけたえほんエホン絵本』「小児科医と絵本」の会 編著 医歯薬出版 2005年)
夕方、本屋を覗くと『子ども描く 林明子の世界』があったので購入しました。
パラパラとめくっただけでも素敵な本だと思いました。
後日、紹介できたらと思います(^^)/先日、訪ねた諸九尼について
旧友来たる
六十五歳である。
近頃、友人たちが次々に定年を迎えている。
三十数年前から記者仲間として親しかったN新聞のMとY新聞のFというふたりが、定年記念旅行で京都に行くと言ってきた。
京都案内でもしようかと思っていると、市内の旅館に部屋をとって、一緒に泊ろう、ということになった。
わたしは市内に仕事場としてマンションを借りているのだが、しかたなく左京区岡崎法勝寺町(おかざきほうしょうじちょう)の白河院に泊った。
(『古都再見』葉室麟 新潮文庫 2020年) なぜ、ここなのか、というと「諸九尼湖白庵(しょきゅうにこはくあん) 幻阿蝶夢五升庵址(げんあちょうむごしょうあんあと)」の碑があるからだ。
諸九尼とは江戸中期の九州出身の女流俳人だ。
名はなみという。
筑後竹野郡唐島(からしま)(現福岡県久留米市田主丸<たぬしまる>町志塚島<しつかしま>)の出身で父親の従兄弟(いとこ)である庄屋に嫁(か)したが、俳諧師(はいかいし)で医師の有井湖白(ありいこはく)と駆け落ちして上方に出た。
宝暦12年(1762)、49歳のとき、諸九尼は夫と死別、俳人蝶夢(ちょうむ)の援助で湖白庵に住んだ。 Mは記者のころ、在任した地元出身の諸九尼に興味を持ち(なぜかは知らないが)、その生涯を連載するなどしていた。
わたしも諸九尼ついては知っていたので、ほどほどに話は合わせていたが、Fはまったく知らないから迷惑な話だったろう。 諸九尼は、蝶夢のほか蓼太(りょうた)や烏明(うめい)、大江丸、重厚などの俳人とも親交を結んだ。
明和8年(1771)には松尾芭蕉を慕って奥の細道をたどる旅をして紀行文『秋風の記』を著した。
ところで諸九尼の別号を、
――雎鳩(しょきゅう)
という。
雎鳩は鳥のミサゴのことだ。
諸九尼という法名は雎鳩に由来するのだろう。『詩経』の詩の一節に、
関関たる雎鳩は
河の洲(す)に在り
窈窕(ようちょう)たる淑女は
君子の好逑(こうきゅう)
とある。
「関関」は、鳥がなごやかに鳴く声を表し、古来、ミサゴは夫婦仲が良いとされている。
「窈窕」は女性の奥ゆかしい様のことで「好逑」は良い配偶者という意味だ。
夫婦仲の良いミサゴが河の洲にいるのを見て、君子の妻にふさわしい上品な女性を思い浮かべる。
良き伴侶(はんりょ)を恋うる歌だ。 この詩は、藤沢周平の『蟬(せみ)しぐれ』で主人公の牧文四郎(まきぶんしろう)が通う塾の講義で取り上げられる。
冒頭に続く詩の中で美しい娘を思い長い夜に悶々(もんもん)として、しきりに寝返りを打つという師の説明で、塾生の中に、くすくすと笑う者がいた。
師はこれを厳しく叱(しか)り、「ここには、しあわせな婚姻をねがう人間の飾らない気持ちが出ている。四民の上に立つ諸士は、このような庶民の素朴な心や、喜怒哀楽の情を理解する心情も養わなければならぬ。大事なことである」と主人公たちを諭す。
さりげなく、作者の人間観が示されている。 諸九尼は庄屋の妻でありながら、俳諧師と恋に落ちて駆け落ちし、俳人として思わぬ生活を送った。
その句を見てみると、
いつとなくほつれし笠や秋の風
一雫(ひとしずく)こぼして延びる木の芽かな
あさがほやいなせたあとの夢に咲
行春や海を見て居る鴉(からす)の子
生けるものあつめてさびし涅槃(ねはん)像
など女性らしい、やわらかな感性の句が多い。 駆け落ちという激しい情熱的な生き方からは想像できないが、もっと淡いしっとりとした情のある女性だったのではないかと思える。
それだけに、駆け落ちのような思い切った生き方をした諸九尼が、雎鳩という号に秘めた思いは切ないものがあったのではないか。
…後略…
(『古都再見』葉室麟 新潮文庫 2020年)
諸九尼が何故、駆け落ちしたのかは、先日紹介した『花見ぬひまの』や
『江戸の女俳諧師「奥の細道」を行く――諸九尼の生涯』
などに描かれているのですが、他の本も品切れや絶版になっています。今朝の父の一枚です(^^)/
今朝の天気予報で熱中症対策に水分補給をしてくださいと言っていたから
ゴマダラチョウも地面から水分補給をしているのかな?
Chapter5 観測と予報
実ははっきりした基準がない
梅雨入り・梅雨明けはどう決まる?
天候を見ながら気象庁が判断する
梅雨入りや梅雨明けは、気圧配置や天候を見て総合的に判断されます。
ただし、これといった明確な基準は設けられていません。
梅雨入りは春から夏へと季節が変わるときに、それまでの天候とその先1週間の予報をもとに、雨やくもりの日が多くなり始めると発表されます。
梅雨明けも同様で、くもりや雨の日が少なくなると「梅雨明けしたとみられる」と発表します。
なお、梅雨入りや梅雨明けは、災害を防ぐ注意喚起のために速報値として発表されます。
9月頃に気象庁が全体的な天候を振り返り、梅雨入りと梅雨明けの時期が確定されます。
(『今さら聞けない 気象の超基本』今井明子 朝日新聞出版 2025年)
「令和8年の梅雨入りと梅雨明け(速報値)」(気象庁)











