肉カレーうどんと小ご飯にしました(^_^)v
10年以上前にも訪ねていて(2014年12月20日)
同じく肉カレーうどんをいただきました。
前回は、雨が降っていたので体がポカポカ温まり
今回は、暑かったけど歩く活力をもらいましたρ(^^)q
2014年が600円で、2026年は、660円。
小ご飯プラスで810円でした…
読んでいる本
あとがき
恋――人を想う心――が生命力の源であり、人を輝かせる魔法の力であることは、いつの時代も変わりません。
本書の七編はすべて恋の話……ただし舞台となる江戸中期から幕末の女性たちの恋は、当然ながら、現代のように自由自在とはいきません。
そもそも当時の女性たちが、恋はともかく自らの思いに忠実に生きられたのは、親の定めた結婚をして子供たちを育て上げ、夫を看取ったのちの晩年になってから、というのがほとんどでした。
つまり、尼になってから、です。
望東尼をはじめ蓮月尼、仙桂尼、諸九尼、志燕尼、貞閑尼と、本書は全編に尼が登場します。
袈裟で顔を隠して夜な夜な男のもとへ通う尼もいれば、切ない恋に懊悩する尼も、一途に男を追いかける尼もいます。
主人公とはかぎりません。
脇役として一瞬のきらめきを放つ尼も、大人の女の心意気をみせてくれる尼もいます。
本書に登場する女たちは、凜々しく世の荒波を乗り越えて行こうとしている現代女性にも、共感をもって読んでいただけるのではないでしょうか。
取材の際は、丹波新聞社の小田○○様、田ステ女をたたえる会代表(丹波市柏原町)の土田○○○様、不徹寺の竹内○○ご住職、龍門寺の皆様に大変お世話になりました。
網干では地元の女性たちが手ずから美味しい昼食をつくってもてなして下さったことも忘れがたい思い出となりました。
ありがとうございました。
何より本書を手に取って下さった皆様に心より御礼申し上げます。
作者
(『花見ぬひまの』諸田玲子 中公文庫 2015年)
(個人名を「○○」などと変えています)
みふき亭は、鴨さんの記事で知りました。
お寺さんが大正7年創業の老舗のうどん屋と紹介しています(^_^)v
「みふき亭」(佛光寺本廟)
メニューを画像で紹介していますよ!
先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)「瀬戸内寂聴 愛した 書いた 祈った」
番組の中で高橋源一郎さんが
ロールモデルは時代によって変わってくる
古いロールモデルがある
出家
「源氏物語」で女性も出家するでしょ?
これは逆に 日本が歴史的に持ってる一つの知恵なんですよ。
ある意味 社会から1回降りる。
降りて自由になる。
(出家は)自由になるやり方の一つなんですよ
当地は青蓮院(しょうれんいん)の旧境内で、その塔頭金蔵寺跡(たっちゅうこんぞうじあと)です。
元治(げんじ)元年(1864)8月初旬、当地本堂で、坂本龍馬と妻お龍(鞆<とも>)は「内祝言(うちしゅうげん)」、すなわ」ち内々の結婚式をしました。
龍馬とお龍(鞆)の出会いや「内祝言」の具体については、1899年(明治32年)ごろに
聴きとられた、彼女の回想に詳しい。
お龍(鞆)は1906年まで生きていました。
一般には、慶応2年(1866)1月の伏見寺田屋遭難のあと、西郷隆盛(あるいは中岡慎太郎など)の媒酌で二人は夫婦の契りを結んだようにいわれます。
が、この話は根拠が薄く、他の史料との検討からお龍(鞆)の話こそ信用すべきだと思われます。
この地が選ばれたのは、お龍(鞆)の亡父楢崎将作(ならざきしょうさく)が青蓮院宮に仕えた医師であったためでしょう。
その縁により金蔵寺住職智足院(ちそくいん)が仲人をつとめました。
当時は池田屋事件(6月)や禁門の変(7月)のおきたあとで、京都は物情騒然でした。
しばらくして龍馬は、薩摩島津家から望まれ、対立した長州毛利家との和解に奔走します。龍馬は新婚生活を楽しむいとまもなく、お龍(鞆)を寺田屋などに託します。
二人はながく別居夫婦だったのです。
当地を京都における龍馬とお龍(鞆)の重要史蹟として、ここに建碑します。
歴史地理史学者 中村武生
(2010年に訪ねた時は、「フィールド・ミュージアム京都」の画像にあるように東山ユースホステル前にあったのですが、閉館したそうです)
白川沿いにある「餅寅」さんも鴨さんに教えてもらいました。
このお店で「光秀饅頭」をお土産に買って帰りたいのですが、
日射しがきついでの涼しくなった頃にします。
素通りできません(^^)/
「明智光秀首塚碑」
「聖護院だいこん のど飴」(今西製菓株式会社)
をお土産に選びました(^_^)v
聞き忘れたのですが、ボールのような物は手作りの「福玉」かな?
サイン入りなので非売品だと思いますが。鴨さんが紹介していました。
「祇園のゼリーで暑さ対策!」(2013年6月5日 水曜日)
うー、今日も暑かった~。
うちのうさぎのPもだら~んとしています。
体がまだ夏バージョンになっていないので
体調不良の私にはこたえます(>_<)
そんなときにこちら祇園にある「切通進々堂」さんのフルーツゼリーは
ビタミン補給もできて助かります。
ゼリーは「あかい~の」 「みどり~の」とネーミングされていますが
すべて女将さんの手作り。
レモン果汁もご自分でしぼっています。
私がいただいたのは写真の「みどり~の」。
シャワーのあとでさっぱりいただきます
娘さんが洋菓子を一緒に販売する
家族で祇園という花街をささえるお店。
これからもよろしくお願いします。
…後略…
「切通し 進々堂」(2017年9月20日)
読んでいる本
あとがき
恋――人を想う心――が生命力の源であり、人を輝かせる魔法の力であることは、いつの時代も変わりません。
本書の七編はすべて恋の話……ただし舞台となる江戸中期から幕末の女性たちの恋は、当然ながら、現代のように自由自在とはいきません。
そもそも当時の女性たちが、恋はともかく自らの思いに忠実に生きられたのは、親の定めた結婚をして子供たちを育て上げ、夫を看取ったのちの晩年になってから、というのがほとんどでした。
つまり、尼になってから、です。
望東尼をはじめ蓮月尼、仙桂尼、諸九尼、志燕尼、貞閑尼と、本書は全編に尼が登場します。
袈裟で顔を隠して夜な夜な男のもとへ通う尼もいれば、切ない恋に懊悩する尼も、一途に男を追いかける尼もいます。
主人公とはかぎりません。
脇役として一瞬のきらめきを放つ尼も、大人の女の心意気をみせてくれる尼もいます。
本書に登場する女たちは、凜々しく世の荒波を乗り越えて行こうとしている現代女性にも、共感をもって読んでいただけるのではないでしょうか。
取材の際は、丹波新聞社の小田○○様、田ステ女をたたえる会代表(丹波市柏原町)の土田○○○様、不徹寺の竹内○○ご住職、龍門寺の皆様に大変お世話になりました。
網干では地元の女性たちが手ずから美味しい昼食をつくってもてなして下さったことも忘れがたい思い出となりました。
ありがとうございました。
何より本書を手に取って下さった皆様に心より御礼申し上げます。
作者
(『花見ぬひまの』諸田玲子 中公文庫 2015年)
(個人名を「○○」などと変えています)
みふき亭は、鴨さんの記事で知りました。
お寺さんが大正7年創業の老舗のうどん屋と紹介しています(^_^)v
「みふき亭」(佛光寺本廟)
メニューを画像で紹介していますよ!
先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)「瀬戸内寂聴 愛した 書いた 祈った」
番組の中で高橋源一郎さんが
ロールモデルは時代によって変わってくる
古いロールモデルがある
出家
「源氏物語」で女性も出家するでしょ?
これは逆に 日本が歴史的に持ってる一つの知恵なんですよ。
ある意味 社会から1回降りる。
降りて自由になる。
(出家は)自由になるやり方の一つなんですよ
ここのお家は、ツバメの子育てを応援しているのがわかりますね!
巣の前に張られているネットはカラス除けだと思います。
だいぶ前になるけれど家の近くでツバメが子育てをしていて
もうまもなく巣立っと思っていたらカラスにやられました。
巣の前に張られているネットはカラス除けだと思います。
だいぶ前になるけれど家の近くでツバメが子育てをしていて
もうまもなく巣立っと思っていたらカラスにやられました。
巣がバラバラになって落ちているのを見た母が悲しんでいました。
坂本龍馬 お龍「結婚式場」跡 当地は青蓮院(しょうれんいん)の旧境内で、その塔頭金蔵寺跡(たっちゅうこんぞうじあと)です。
元治(げんじ)元年(1864)8月初旬、当地本堂で、坂本龍馬と妻お龍(鞆<とも>)は「内祝言(うちしゅうげん)」、すなわ」ち内々の結婚式をしました。
龍馬とお龍(鞆)の出会いや「内祝言」の具体については、1899年(明治32年)ごろに
聴きとられた、彼女の回想に詳しい。
お龍(鞆)は1906年まで生きていました。
一般には、慶応2年(1866)1月の伏見寺田屋遭難のあと、西郷隆盛(あるいは中岡慎太郎など)の媒酌で二人は夫婦の契りを結んだようにいわれます。
が、この話は根拠が薄く、他の史料との検討からお龍(鞆)の話こそ信用すべきだと思われます。
この地が選ばれたのは、お龍(鞆)の亡父楢崎将作(ならざきしょうさく)が青蓮院宮に仕えた医師であったためでしょう。
その縁により金蔵寺住職智足院(ちそくいん)が仲人をつとめました。
当時は池田屋事件(6月)や禁門の変(7月)のおきたあとで、京都は物情騒然でした。
しばらくして龍馬は、薩摩島津家から望まれ、対立した長州毛利家との和解に奔走します。龍馬は新婚生活を楽しむいとまもなく、お龍(鞆)を寺田屋などに託します。
二人はながく別居夫婦だったのです。
当地を京都における龍馬とお龍(鞆)の重要史蹟として、ここに建碑します。
歴史地理史学者 中村武生
(2010年に訪ねた時は、「フィールド・ミュージアム京都」の画像にあるように東山ユースホステル前にあったのですが、閉館したそうです)
白川沿いにある「餅寅」さんも鴨さんに教えてもらいました。
このお店で「光秀饅頭」をお土産に買って帰りたいのですが、
日射しがきついでの涼しくなった頃にします。
素通りできません(^^)/
「明智光秀首塚碑」
「西教寺で明智光秀と一族をしのぶ法要営まれる 大津」(NHK 6月15日)
一本橋 通称 行者(ぎょうじゃ)橋
この橋は、比叡山の阿闍梨(あじゃり)修行で千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)を終えた行者が、粟田口の尊勝院(そんしょういん)の元三大師(がんざんたいし)に報告し、京の町に入洛するとき最初に渡る橋であり、行者橋とも阿闍梨橋ともいわれる。
また江戸時代、この橋を粟田祭の剣鉾(けんぼこ)が差して渡る「曲渡(きょくわた)り(曲差<きょくざ>し)」が呼び物であった。
一本橋 通称 行者(ぎょうじゃ)橋
この橋は、比叡山の阿闍梨(あじゃり)修行で千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)を終えた行者が、粟田口の尊勝院(そんしょういん)の元三大師(がんざんたいし)に報告し、京の町に入洛するとき最初に渡る橋であり、行者橋とも阿闍梨橋ともいわれる。
また江戸時代、この橋を粟田祭の剣鉾(けんぼこ)が差して渡る「曲渡(きょくわた)り(曲差<きょくざ>し)」が呼び物であった。
京都市
暑い中、歩いてきたのでコーヒーフロートにしました(^_^)v
今度来るときは、「サンドイッチ・トースト」か「玉子トースト」を食べたいなぁ(^_-)
「撮影禁止」の掲示があったので、
コーヒーフロートを撮してもいいですかとお聞きすると
「いいですよ」と許可をいただきました。
入ってきたとたん店内を撮影する方がいて
注意すると「客だぞ!」とばかりに文句をいう方が増えたそうです。
たまらなくなって「撮影禁止」の張り紙をされたのだとか。
たとえ「撮影禁止」でなくても
一言、「いいですか?」と聞くことで、
お店の方とお話しをする機会ができると思うのですが…
店先に「のど飴」があったのでどれにしようかと迷ったのですが暑い中、歩いてきたのでコーヒーフロートにしました(^_^)v
今度来るときは、「サンドイッチ・トースト」か「玉子トースト」を食べたいなぁ(^_-)
「撮影禁止」の掲示があったので、
コーヒーフロートを撮してもいいですかとお聞きすると
「いいですよ」と許可をいただきました。
入ってきたとたん店内を撮影する方がいて
注意すると「客だぞ!」とばかりに文句をいう方が増えたそうです。
たまらなくなって「撮影禁止」の張り紙をされたのだとか。
たとえ「撮影禁止」でなくても
一言、「いいですか?」と聞くことで、
お店の方とお話しをする機会ができると思うのですが…
「聖護院だいこん のど飴」(今西製菓株式会社)
をお土産に選びました(^_^)v
聞き忘れたのですが、ボールのような物は手作りの「福玉」かな?
サイン入りなので非売品だと思いますが。
「祇園のゼリーで暑さ対策!」(2013年6月5日 水曜日)
うー、今日も暑かった~。
うちのうさぎのPもだら~んとしています。
体がまだ夏バージョンになっていないので
体調不良の私にはこたえます(>_<)
そんなときにこちら祇園にある「切通進々堂」さんのフルーツゼリーは
ビタミン補給もできて助かります。
ゼリーは「あかい~の」 「みどり~の」とネーミングされていますが
すべて女将さんの手作り。
レモン果汁もご自分でしぼっています。
私がいただいたのは写真の「みどり~の」。
シャワーのあとでさっぱりいただきます
娘さんが洋菓子を一緒に販売する
家族で祇園という花街をささえるお店。
これからもよろしくお願いします。
…後略…
「切通し 進々堂」(2017年9月20日)











こんにちは~
返信削除雨があがって、少し蒸し暑くなりました。
そろそろ梅雨明けでしょうか。
みふき亭さん、2014年に訪ねてらっしゃる時と。。
ほとんどお値段もカレーうどんも変わりないようですね。
白川へも。。餅寅さんへも。。明智光秀首塚へも。。
ずいぶんと歩かれましたね。
暑かったことと思います。
コーヒーフロートでホッひんやり。(#^.^#)
Kazeさん~街歩きって
楽しく歩けて。。
美味しく休憩。。
とってもいいなぁ~と思います。(^^♪
カイさんコメントありがとうございます(^^)/
削除今朝は、蒸し暑かったですね…
明日から気温がグン~と上がりそうです。
梅雨も上がるかもしれませんね。
2104年に訪ねた時の日記を見てビックリしました。
10年以上経ってもほとんど値段が変わっていません…(°0°)
暑い中、テクテク歩いて疲れたのですが
カレーうどんのおかげで元気になり
祇園まで歩くことができましたρ(^^)q
切通し進々堂のコーヒーフロートで汗がひきました(^_^)v
これから京都は、かなり暑くなり
歩けるかどうかあまり自信はありませんが
歩けるときには、喫茶店などで休憩しながら
無理をせず、町歩きを楽しみたいと思っています(*^O^*)