2016年6月24日金曜日

司馬遼太郎記念館

以前,近くまで出張に来たのだけど次回の楽しみ取っていた。
と思いながら8年近く経ちました(^^ゞ
駅で地図をもらったけど必要ないくらい。
というのは…
小阪商店街に大きな「司馬遼太郎記念館」(*^▽^*)
商店街のアーケードが途切れたあたりに「 末廣(すえひろ)」
暑さに負けないように「辛味大根おろしそば」を頂きましたp(^-^)q
辛味大根のピリリッとした刺激にシャキンとしました!

なぜ,ここでお昼をいただいたか(*´∀`*)
 市井の人々の間に今も生きる気さくで偉大な〝司馬さん〟
 「道で行き合うと『どーもどーも』と気軽に片手を挙げて挨拶してくれはった」
と言うのは,うどん・そばの「末廣」の店主・○○○○さん
(名前を省略しています)
「歩く時は必ず長袖を腕まくりしてね。
いつも奥さんと二人でしゃべりもってゆったり歩いてはりました。
散歩にはいろんなコースがあって,うちの前を通りはる時はたいてい3時頃かなぁ。
ふらっと寄ってくれはりました。
いつも一番奥の席で,おやつ代わりに二・八ざるそばかたぬきを食べはった。
ホンマに気さくな方で。私が腰痛めた言うてたら,どうや治ったか?ゆーてくれはってねぇ」
「アーケードの下をフワッフワッと白髪が揺れて。
目立つ方だったので,あっ司馬先生やと思うけど,
誰もぶしつけに声をかけたりもせず,お買い物に見えたら普通に対応しておりましたなぁ」。
作家の様子を語るのはお菓子の「ヤマジン」主人,○○○さん。
町の人々の言葉に,作家はいきいきと活写される。
(角川書店『関西大人のウォーカー』)
道にもこのような案内。
撮さなかったけど,電柱などに案内が貼られていました。
  21世紀に生きる君たちへ 
              司馬遼太郎

 君たちは,いつの時代でもそうであったように,
自己を確立せねばならない。
 ――自分に厳しく,相手にやさしく。
 という自己を。
 そして,すなおでかしこい自己を。
 21世紀においては,特にそのことが重要である。
 21世紀にあっては,科学と技術がもっと発達するだろう。
科学・技術が,こう水のように人間をのみこんでしまってはならない。
川の水を正しく流すように,君たちのしっかりした自己が,
科学と技術を支配し,よい方向に持っていってほしいのである。
  
  大阪書籍『小学国語』より抜粋

館内は撮影禁止ですが,建物の外観や庭などはいいそうです。

   書斎
 書斎はまさに司馬遼太郎の創造空間です。
周囲の資料類は未完に終わった『街道をゆく―濃尾参州記』を
執筆していた当時のまま保存しています。
手前のサンルームでは資料を庭の木々をながめて休息したりしていました。
 庭は,雑木林のイメージでつくられています。
クス,シイ,ヤマモモ,ツツジ,ヤマブキなどの樹木や草花が四季の風景を演出します。
司馬遼太郎は,自然のままのたたずまいを好み,
書斎の前にある〝土管〟にも,ナノハナやツユクサを植えて眺めていました。

  スズカケ(鈴懸)
 司馬遼太郎は1943(昭和18)年,
学徒出陣で中国東北部(旧満州)にある戦車学校に行きました。
 その後,1945(昭和20)年5月,本土防衛に備えて
戦車隊の少尉として栃木県佐野市に戻ってきます。
 当時駐屯していた国民学校(現・植野小学校)の

校庭にそびえるスズカケの木を見て,
22歳の司馬遼太郎は心慰められたようです。
 当時のことを記憶されている佐野市のみなさんが,2011(平成23)年,
今も小学校のシンボル・ツリーとして大切にされている
スズカケの木のタネとさし木から育てた2本の苗を送ってくださいました。
 この記念館で大きく育ってくれることを,私たちも願っています。
  司馬遼太郎記念館

記念館の設計は安藤忠雄さん
(展示室:パンフレットより)

展示室
 司馬遼太郎の創造空間を表す

〝もうひとつの書斎〟が広がる地下一階のフロアです。
 高さ11メートルの壁面いっぱいに書棚が取り付けられ,
資料,自著,翻訳など2万冊もの蔵書がイメージ展示してあります。
自宅の玄関,廊下,書斎,書庫などの書棚に収まる

約6万冊の蔵書世界を想像してもらう空間です。
「大書架」と呼んでいます。
 何かを感じ考える少しの時間をここでお過ごしください。
 展示ケースは作品関連の企画展を展開し,ほぼ半年ごとに展示替えしています。


ちなみに天井のしみが坂本竜馬の顔にそっくりだそうです。
Kazeも見ましたが,なるほど……と思いました(^。^)
お土産に買ったのが『二十一世紀を生きる君たちへ

6年生の子どもたちに向かって真剣に書かれたことが
その推敲のあとに見ることができます。

そして「 正岡子規と柿」は手作りのようで一つ一つが微妙に表情が違います。
いくつか見せていただき,選びました(o^^o)
カフェでコーヒーと焼き菓子のセットをいただきました。
お店の人に撮影してもいいですかとお聞きすると
やはり館内は撮影はできないとのこと。
(本とストラップは,帰宅後)
花供養碑
司馬遼太郎自筆の歌碑。
2006年春,大阪・河内長野市にあった文化・リゾート施設から移設されました。
 鉧(ケラ)
 2014年3月に記念館友の会の交流ツアーで『街道をゆく 砂鉄のみち』をたどり,
島根県奥出雲町の全面的なご協力で,たたら製鉄(日本古来の和鋼精錬法)を体験しました。
友の会の皆さんが,それぞれに手伝ってできた鉧です。
 鉧は,木炭で1400度に高めた炉に入れた砂鉄が溶解してできた粗鋼。
日本刀をつくるための玉鋼(たまはがね)が含まれています。
展示している2つの塊の合計は約42kg。
協力:島年県奥出雲町,日刀保(日本刀剣美術保存協会)