2023年11月23日木曜日

勤労感謝の日

雲が出てきたのだけど、日ざしはポカポカしていました。
この天気は、今日まで……

北・東日本 大気不安定 あすからは北日本中心に猛吹雪のおそれ」(NHK)
朝ドラブギウギ第8週「ワテのお母ちゃん」 (39)
アホのおっちゃんが桃を探して持ってきてました。
翌日、ツヤが番台に座っていたのですが、これほど元気になることはなくても
中治り現象」というのがあるそうです(検索すると記事があります)。

TOMOKO HATTORIさんも

私の祖母も危篤になって覚悟したら亡くなる前日にかなり復活してほっとしたら亡くなった。
さっき朝ドラの感想読んでいたら実際あることだそうで、中治りって医療関係者の中で呼ばれているんだって。
モモといえば、『古事記』を思い出します。
意富加牟豆美命(おほかむづみのみこと/おおかむずみのみこと)」(神名データベース 國學院大學)

 モモ
  中国から渡来し奈良時代には栽培されていた


 奈良時代に渡来した中国原産の落葉小高木。
高さ3~4mほどになり、葉は互生し、細長く尖っている。
4月ごろ葉と同時に一重で5弁、ピンク色の花を咲かせる。
観賞用のハナモモと果実採取用のモモがある。
盛んに品種改良され、ハナモモには白、紅、八重咲きなどもある。
果実用として知られる「水蜜桃(すいみつとう)」が作られたのは明治以降。
 原産地の中国では桃の咲き乱れる理想郷を「桃源郷」と呼び、モモの強い生命力には魔よけの力があるとされてきた。
花蕾、葉、種子のいずれにも薬効がある。
(『散歩で見つける薬草図鑑』指田豊 監修 家の光協会 2021年)
[使用法]
 葉を入浴剤にするとあせもの改善に


 種子を日干しにしたものを桃仁(とうにん)と呼び、脂肪油、アミグタリンなどを含み、婦人病に用いる。
3月下旬~4月上旬、半ば開いた白花種の花蕾を採集し、陰干ししたものを白桃花(はくとうか)と呼び、配糖体のケンフェロールなどを含み、利尿、緩下薬(便秘の改善)に用いる。
ただし桃仁、白桃花とも強い成分を含むので、専門家の指導が望ましい。
 7~8月に葉を採集し、生なら1回量500g、日干しなら2~3握りを布袋に入れ、お風呂に入れるとタンニンなどの作用で湿疹、かぶれ、あせもなどによい。
(『散歩で見つける薬草図鑑』指田豊 監修 家の光協会 2021年)
今日は、「勤労感謝の日」。
父の時代は「新嘗祭(にいなめさい)」でした。

 収穫感謝祭

 信濃路の周辺の山々は今、黄に、紅に、褐色にといろどられ、また里では農作物の取り入れもほとんどすみ、冬を迎えるためのつけ物の用意も終わって、今や残るリンゴや柿の実が小春日和の陽に枝もたわわに赤々と美しく照り映えています。
 よく晴れた夜の星空から降りた霜は、朝日があたるとすぐとけてかすかな湯気を立てはじめ、大地を黒々と湿らせてくれます。
こんな日が幾日か続くと、人々の心もしっくりと解け合い、人知れず生の充実感を覚え、思わずからだの引きしまってくるのを感じます。
(『信濃風土記』NHK長野放送局編著 和広 1979年)
 勤労感謝の日の11月23日に戸隠神社では、奥社(祭神天手力雄命<あめのたじからおのみこと>)と中社(祭神天八意思兼命<あめのやごころおもいかねのみこと>)で収穫感謝祭が行われます。
また24日には宝光社(祭神天表春命<あめのうわはるのみこと>)でも同じく祝われます。
とれたての穀物を捧げた地元の人々は引きも切らず神前にぬかずいて、豊作を感謝し家内安全も祈ります。
 日本列島に住みついた人々が、狩猟や採集の生活から転じて農耕を暮らしを始めたとされる、およそ2000年前の弥生時代以来、人々は自然界を支配する神の天降った山の水源地に毎年雨乞(あまご)いに参り、取り入れがすんだでそのつど収穫感謝のため入山してきました。
 時が移り、人が変わり、時代と共に耕作法も変わってきましたが、依然として田に水は必要不可欠のものであり、天候が順調であることが農業経営の絶対的な基礎条件でもあります。
土に頼り、土に生きる農民は、灌漑用水の水源地への水乞いを欠かさず、また取り入れ後のお礼参りのならわしを守り続けてきました。
 しかし11月23日に各地の神社でいっせいに儀式をしての収穫感謝祭が行われるようになったのは、そんなに古くからのことではありません。
 もともと宮中では、重要な儀式として、その年にとれた新しい穀物を神に捧げ、収穫を感謝し、来るべき年の豊作を祈る新嘗(にいなめ)祭りを古くは陰暦11月の中の卯の日に、近年は11月23日に行ってきました。
 それが明治以後国家的な祝祭日となり、さらに第二次世界大戦中に神祇院(じんぎいん)が定めた型通りの儀式としての新嘗祭りが各神社で行われるようになったものです。 
   (佐藤貢 日本山岳会員)
(『信濃風土記』NHK長野放送局編著 和広 1979年)
 今朝の父の一枚です(^^)/
逆光で暗くなってしまいましたが…

 百舌鳥の拾いもの

 あのな、昔なー。
 むかし、むかし、百舌鳥と鶉(うずら)が、お伊勢参りにいこうと、旅に出かけました。
すると、道に財布がおちていたので、百舌鳥がひろって、あけてみると、お金が、たくさん入っています。
「二人で、わけようやないか。」
 そういっているところへ、鳩と鴫(しぎ)がやってきて、いいました。
「百舌鳥さん。鶉さん。拾いものを二人だけで、分けるなんて、ずるいで。ずるいで。わいにも、分けておくれ。」
「そんなこというたかて、わいたちが拾うたもんやもん。」
 いいあらそっているところへ、蟻が穴から出てきて、いいました。
「百舌鳥さん。鶉さん。鳩さん。鴫さん。お伊勢参りの道で、そんなけんかをしたらあかんがな。わいにかし。わいがうまう分けてやる。さあ、わいが歌をうたうさかいに、その通りにわけるんやで。」
 そして、蟻は、歌をうたいました。

  鳩八文に鴫四文
  鶉二文に百舌鳥一文
  あとは有り丈け蟻のもん

 そして、蟻は、財布を、ほそい腰につけて、穴の中へ入っていったのでありました。
    原話 大阪市住吉区 故 大西ハツ
(『[新版]日本の民話 16 大阪の民話』二反長半編 未来社 2015年)

「鳩八文に鴫四文」で「有り丈け蟻のもん」なんでやと思ったけど(^_-)