2024年3月13日水曜日

不安定な天候で風が冷たい

家を出た時には、パラパラと小雨。
雪が降るかなと思うほど風が冷たかったです。
歩き出すと雨は止んでくれました。
Eテレ0655、今朝のオープニングに

おはようございます!「春に三日の晴れなし」という言葉があるように、天候が不安定なこの時期。
その一方で「ひと雨ごとに暖かくなる」という言い方もあります。
本格的な春まで、もう一息ですね。
3月8日の記事で
アメリカにはおいしいライスカレーもないし おいしい中華そばもないし…
というスズ子のセリフから『ラーメンの語られざる歴史』の一部を転記しました。
今日は、ライスカレーについて紹介します。
朝ドラ「ブギウギ」第20週「ワテかて必死や」 (95)でタイ子が脚気になっていました。
実は、日本帝国海軍はライスカレーなどを取り入れて脚気をほとんど消滅させることができたのです。
大日本帝国海軍から広まった「洋食」 イギリス料理
 ●旧海軍がイギリスの兵式・食事を採用


 日本で西洋料理が洋食として大衆化して広まった大きな要因のひとつは、明治時代の、日本帝国海軍の存在でした。
1870(明治3)年に帝国海軍の兵式をイギリス式とすることが決定され、食事にもイギリス式を採用、カレーライスやビーフシチューなどのメニューが登場するようになったのです。
(『日本の洋食 洋食から紐解く日本の歴史と文化』青木ゆり子 ミネルヴァ書房 2018年)
 海軍は国策として、西洋基準の兵器や艦艇を運用し、日本人に西洋人並みの体格や体力をつけさせるため、また深刻な問題となっていたビタミン欠乏症「脚気(かっけ)」を防ぐために栄養を考慮した和洋折衷の「洋食」を取り入れました。
海軍在籍中に洋食の味を覚えた兵士たちは、日本全国に日常食としての洋食を普及させる役割を果たしたのです。
 当時の海軍には「脚気」で命を落とす兵士が非常に多くいました。
そこで、1872(明治5)年に海軍医となったイギリス帰りの高木兼寬(かねひろ)は、脚気の原因は食事にあると考え、従来の白米をやめて洋食と麦飯の献立に改善したところ、脚気はほとんど消滅しました。
今では脚気はビタミンB1の欠乏から起こる病気だと判明していますが、当時は原因不明であり、陸軍では軍医が細菌を原因と考えて白米中心の食事を止めさせなかったため、脚気による死亡者を減らすことができませんでした。 
 他に陸軍と海軍の食事の違いとしては、輪番で各中隊から食事当番を出す陸軍に対して、海軍は炊事専門兵制度を取り調理場も完備していたため、海軍の食事の方がおいしいと一般的にいわれてきました。
第二次世界大戦後も美食の伝統は受け継がれ、日本全国にある旧海軍および海上自衛隊にゆかりのある港町では、旧海軍の食事を再現した「海軍グルメ」が町おこしの起爆剤として活用されています。
 ●横須賀の「カレー」
 旧大日本帝国海軍は、天然の良港だった横須賀(神奈川)、佐世保(長崎)、呉(くれ<広島>)、舞鶴(京都)の4カ所に鎮守府、大湊(おおみなと<青森>)に警備府という根拠地を置いていました。
それらの町は、日本の近代化を推し進めた海防の砦となる軍港都市としての発展を遂げていきました。
鎮守府は4カ所がまとまって日本遺産に登録され、100年を超えた今もなお現役で稼働する施設が多く残されています。
 鎮守府、警備府のあった港町では今、海軍ゆかりの食べ物をご当地グルメとしてアピールしていますが、ここではその先駆けとなった横須賀の「カレー」を取り上げます。
 イギリスのカレーは、明治時代にイギリスの植民地だったインドの香辛料を使ってイギリス人が発明したシチュー料理です。
イギリス人に好まれた牛肉、じゃがいも、にんじん、たまねぎを使ったシチューに、日持ちのする香辛料を用い、長い航海時でも食べられるようにイギリス海軍が採用したメニューでした。
そのため、インドのカレーとは成り立ちからしてまったく違うものであり、またインド移民が増えて食の交流が行われるようになった現在のイギリスでも一般的なレシピではありません。
日本海軍では当初、イギリス海軍にならってカレーをパンに付けて食べていました。
しかし日本人にはなじみにくく、ルーに小麦粉をさらに加えてとろみをつけ、ご飯にかけて食べるようにしたところしっくりいったので、海軍の軍隊食「ライスカレー(カレーライス)」として定着しました。
 日本海軍が1908(明治41)年に発行した『海軍割烹術参考書』によると、ライスカレーの作り方は、ざっとこんな感じです。
 まず、ヘット(牛脂)をひいたフライパンで小麦粉をいため、きつね色になったらカレー粉を加えます。
そこにスープを徐々に加えてとろみを出し、牛肉または鶏肉の細(こま)切り、サイコロ状に切ったじゃがいも、にんじん、たまねぎを加えて煮込み、塩で味を付けます。
じゃがいもは、たまねぎとにんじんがほぼ煮えてから入れます。
麦をまぜて硬めに炊いておいたご飯を皿に盛り、そのご飯の脇にカレー汁をかけて出来上がりです。
 海軍のカレーは各地の海軍本拠地にも伝えられましたが、首都・東京にもっとも近い海の国防の町として栄えてきた横須賀からの伝播力はひときわ大きいものだったようです。
ライスカレーは、故郷に帰った兵士が家庭に持ち込んだことで全国に広がっていきました。
そして、この海軍のライスカレーが日本のカレーの原点になったのです。
海軍のカレーの伝統は海上自衛隊に引き継がれ、海上自衛隊では今も金曜日にカレーを食べる習わしがあります。
 海上自衛隊のライスカレーには、牛乳と野菜サラダ、ゆで卵等が副食として一緒に提供される流儀があります。
現在、横須賀の飲食店で提供される「横須賀海軍カレー」も、この流儀を踏襲しています。
(『日本の洋食 洋食から紐解く日本の歴史と文化』青木ゆり子 ミネルヴァ書房 2018年)
今朝の父の一枚です(^^)/
ジョウビタキが口を開けているのは、
食べたあと消化できない種などを吐きだそうとしているのかな?

質問47 渡り鳥は一日どれくらいの距離を飛ぶのでしょうか?」つづき

 研究によると「渡り」というのはあまりせかせか急いだものではないようです。
毎日、旅を続ける鳥は稀で、多くの鳥について8時間から10時間飛行を続けるということは疑わしいと思われています。
ノースダコタのジェームズタウンでチビウタスズメに標識をつけて放し、864キロはなれたサスカチェワンのミッドウェイ公園で確認した記録があります。
1日あたりの平均飛行距離は78キロです。
統計によると、繁殖地に近づくにしたがって飛行距離が増してくるそうです。
また遅く到着する個体は早く到着した個体にくらべて1日あたりの飛行距離が長くなることが知られています。
(『鳥についての300の質問 君が知りたいすべてに答える』A.クリュックシァンク H.クリュックシァンク著 青柳昌宏訳 講談社ブルーバックス 1982年)