2023年9月9日土曜日

九月九日

昨日、病院で心臓リハビリをしながら外を見ると土砂降りの雨
そのおかげで朝、ちょっと涼しく感じました。
台風から熱帯低気圧に変わっても大雨に注意しなければいけません。

台風13号 大雨【被害】福島・茨城・千葉 浸水や土砂崩れ相次ぐ」(NHK)
マスクについていろいろいわれていますが
心臓リハビリは、マスクをしています。
会話をしながら歩いても息が上がらないレベルを目指しています。

心臓リハビリを9月1日から再開しました(週1回)。
月初めは、エルゴメーター(自転車型)で心電図・血圧・脈拍・血中酸素飽和度を測ってもらっています。
昨日は、トレッドミルで普段の生活でどのくらいの速さで歩くと無理なく歩けるかをみてもらっています。
関西の新型コロナ患者増加 前週の1.11倍」(関西NHK)

新型コロナをただの風邪だという人がいます。
その人は、恵まれた体質なのだと思います。
新型コロナやインフルエンザに感染しても発症しない人もいます。

 そもそもウイルスに感染するとなぜ病気になるのだろうか。
ウイルス感染症の発病メカニズムは、ウイルス学が著しく進歩した現在でも、実はほとんどわかっていない。
 ウイルスを病原体として見ていると忘れがちだが、ウイルスに感染すると必ず病気になる(症状に気付く)とは限らない。

(『ウイルスの世紀 なぜ繰り返し出現するのか』山内一也 みすず書房 2020年)

心臓リハビリで理学療法士の方と
これまでの日本は、少々の熱では会社や学校を休めなかった。
これからはその考え方が改まるといいですねと話していました。
公園で話をする方は、現役の頃、会社にインフルエンザになったと電話をすると
動けるなら出勤してほしいと言われたそうです。
肺炎にならなくてよかったですねと思わずいいました。
感染症への認識は、このようなレベルでした。
新型コロナをただの風邪だという人たちによって
数年前のような労働環境に後戻りしなければいいのですが!
今日、9月9日は、
「救急の日」 大阪で子どもたちが救命措置を体験〟(関西NHK)

2023年の旧暦の九月九日は、10月23日なのですが、

 おくんち

 旧暦九月九日を中心に19日と29日に行われる年中行事をオクンチとかクンチと呼んでいます。
 諏訪市後山では旧暦九月九日を菊の節供といい、御先祖様に菊の花を供え、その菊の花を酒の中に入れて飲みました。
 木曽郡楢川村奈良井は中仙道の宿場町として有名ですがここでは九月九日をオクンチといい、とっくりに菊の花をさして神だなに供えてから飲みます。
またこの日に菊の花を採っておき、冬至の日に火にくべると火災予防になるといいます。
(『信濃風土記』NHK長野放送局編著 和広 1979年)
 東筑摩郡朝日村の針尾では29日に行事をしました。
ここではオクニチといい、赤飯をふかすならわしでしたが新婚の夫婦はその赤飯に菊の花を添えて嫁さんの実家に持って行ったそうです。
 オクンチのときナスを食べる所が各地にあります。
なぜこの時ナスを食べるのか本来の意味はわかりませんが、大町市平地区では腹を病まぬためだといい、その隣りの白馬村では乙九日(おつくんち)、つまり29日にナスが食べられれば、来年は思うことがかなうといっています。
 ところで、旧暦九月九日を重陽ともいいます。
九は陽の数だとされていますが、この九が二つ重なるので重陽というのです。
中国ではこの日を、一月七日、三月三日、五月五日、七月七日と共に大事な折り目の日としていました。
 この風習が我が国に伝えられ宮廷行事に取り入れられましたが、他の四つは我が国に古くからあった民間習俗と溶け合ったのに、重陽の日だけは調和しなかったようです。
 我が国には古くから9月のある日に食物を神に供え、それを皆で食べる習俗がありましたが、これには必ず新米を用いなければならなかったようです。
それを全国一様に九日にすることは困難でした。
それで19日になったり29日になったりしたようです。
 北安曇郡には初九日(はつぐんち)は士(さむらい)のもの、中九日(なかくんち)は町人のもの、乙九日(おとぐんち)は百姓のものということわざが残っています。
    (浅川欽一 民俗研究家)
(『信濃風土記』NHK長野放送局編著 和広 1979年)
モロッコでマグニチュード6.8の地震 296人死亡 モロッコ政府」(NHK)

最近のネットを見ていると「処理水」への批判をすると中国に加担していると見なされるようです。
そのような主張される方は、原発の「安全神話」を主張されていた人たちではないかなと思います。

 耐震設計の考え方

 原発の耐震設計審査指針については、別に詳しい説明があると思うので、基本的な考え方についてだけ多少触れておきたい。
国の用いている原発の耐震設計指針は、基本的に原発の各種建物や配管等を、その重要度の高い順にA(As)、B、Cのクラスに分け、通常の建築物の耐震力のそれぞれ三、二、一倍の強度を持つようにする(機器配管類は20%増し)。
想定する地震としては、古文書の記述やこれまでの地震の記録をもとに、その地域における「設計用最強地震」を設定する。
さらに、とくに重要度の高いAsクラスの機器配管系(格納容器、原子炉容器、制御棒など)については、「設計用限界地震」(起こるとは考えられないが万一のために想定する地震)に対しても機能を維持することができるようにする、というものだ。
(『高木仁三郎セレクション』佐高信、中里英章 編 岩波現代文庫 2012年)
 問題となるのは、
(1)はたして、上記のような最強地震や限界地震(規模と距離)が適切に設定され得るか、
(2)そのような地震が起こったときの揺れが適切に評価されうるか、
(3)地震時に予想される各種の衝撃や損傷に対して、実際の原発の安全機能がどこまで保証されているか、
という点であろう。
もちろん、これらの点は相互に関連している。
 そして、原発の耐震性について現在不安の声があがっているのも、阪神大震災を経験した現在、専門家の説明を聞いても上記のような点でなかなか納得できるものがないからである。
たとえば、今日のような知識の水準では、ある地域で最大限どんな地震や揺れが想定されうるかについて、「絶対」というような確かさで予想ができるとは、誰しもとうてい思わないであろう。
 表2(「原子力施設の設計用地震動」「(参考)阪神大震災での観測地」省略)に、いくつかの原発の設計用最強地震と限界地震の最大加速度(単位:ガル1gal=1cm/s2)ないし最大速度(カイン1kine=1cm/s)を示すが(初期の安全審査では地震動はガル表示であったが、最近はカイン表示。一部では両方の数値があげられている)、これらは神戸で実際に観測された加速度や速度に比べてはるかに小さく、原発はほんとうに大地震に耐えられるのかという疑問を強めざるを得ない。
また同じ敷地にあっても、浜岡原発のように1、2号炉と3、4号炉では想定地震力に大きな差があるというのは、整合性という点だけからも、とても人を納得させ得るものではない。
 阪神大震災の時に神戸で観測されたような揺れは地表面のもので、原発が立っている岩盤上の揺れは二分の一から三分の一なので、表2のような設計で大丈夫だ、という説明が国や電力会社によってよくなされる。
確かに地表面で揺れが増幅することが多いが、個々の地震によってかなりの差があり、確定的なことは言えないのが実情だ。
こういうと、実際に阪神大震災の時に、福井の各原発での揺れの観測値は、周辺地域の岩盤でない地表面の揺れに対して、三分の一程度だったということが必ず引き合いに出される。
しかし、その程度の乏しい経験を一般化してしまうのはおそろしいことだ。
仮に二分の一ないし三分の一だったとしても、表にある初期の原発は神戸で経験したような激しい揺れに耐えられないことになる。
 さらに、原発の耐震設計では、上下方向の地震動(縦揺れ)を水平方向の地震動の二分の一までしか考慮していないが、これも阪神大震災の経験から見直しが要請される点だ。
とくにこの点は、高速増殖炉「もんじゅ」の耐震設計との関連で懸念される。
高温の液体ナトリウムを一次、二次の冷却系に使用する「もんじゅ」は、配管構造が複雑をきわめ、現在の振動解析がどれだけ実際の地震時の揺れを予測しうるか、大いに疑問である。
(『高木仁三郎セレクション』佐高信、中里英章 編 岩波現代文庫 2012年)