2023年7月16日日曜日

青空がまぶしいけど

今朝は、青空が広がり、時折吹く風が気持ちいいのだけど
秋田の方は大変な被害が出ている。

ニュース特設 大雨情報(7月)」(NHK)
雨ばかりでなく、暑さも警戒レベルです。
近畿地方 各地で気温上がる 豊岡市は午前中から猛暑日」(NHK兵庫)

【特集】応急処置が大切!熱中症の原因、症状、予防・対処法まとめ」(NHK 5月29日)

暑さをさらに増すのがセミの声
写っているのはアブラゼミですが、散歩の時に元気な声を張り上げていたのはクマゼミ。
耳鳴りなのか、セミの声なのか区別できないほどうるさいです(°°;)

いろいろなセミ」(小学3年)
前々回紹介した太宰治が投稿した「川端康成へ」 への川端康成の反論。

 川端康成「太宰氏へ 芥川賞に就いて」

 1935年(昭10)11月「文芸通信」
太宰の「川端康成へ」へすかさず反論。
銓衡の経緯を詳しく紹介し、太宰の<妄想や邪推>をたしなめている。
以後の川端の太宰観は概して好意的なものであった。
(『図説 太宰治』日本近代文学館編 ちくま学芸文庫 2000年)

昭和10年、太宰治は26歳(太宰治ミュージアム)、川端康成は36歳(川端康成記念會)でした。
 太宰治氏へ芥川賞に就いて

 芥川賞決定の委員会席上、佐佐木茂索氏が委員諸氏の投票を略式に口頭で集めてみると石川達三氏の「蒼氓」へ五票、その他の四作へは各一票か二票しかなかつた。
これでは議論も問題も起こりやうがない。
あつけない程簡単明瞭な決定である。
他の作に投票した委員も誰一人として、石川氏を選ぶことに依存はなかつた。
「菊池寛氏が、『まあ、それでよかつた。無難でよかつた。』とにこにこ笑ひながらハンケチで額の汗を拭つてゐる光景を思ふと私は他愛なく微笑む。」などとは、全く太宰氏の妄想である。
(『川端康成全集第三十一巻』 新潮社 昭和57年)
 例へば太宰氏の「逆行」が石川氏の「蒼氓」と同票数であるとか、一二票の差であるとか、または太宰氏の入選を強硬に主張する選者が一人でもあるとかでは、決してなかつたのである。
さう分れば、私が「世間」や「金銭関係」のために、選評で故意と太宰氏の悪口を書いたといふ、太宰氏の邪推も晴れざるを得ないだらう。
「世間」にとつても、私にとつても、強ひて太宰氏を悪く云ふ必要のありやうがないのである。
 太宰氏に対して私の答へたいのは、右に尽きる。
 太宰氏は委員会の模様など知らぬと云ふかもしれない。
知らないならば、尚更根も葉もない妄想や邪推はせぬがよい。
 また太宰氏は、右に書いたやうなことを、私に云ひたかつのではないと云ふだらう。
それは分る。
芥川賞などはどうでもよいが「道化の華」に対する私の評言が、太宰氏にはどうでもよくはなかつたのである。
太宰氏は私の批評眼を予て多少信じてゐたゆゑに、「作者目下の生活に厭な雲ありて、才能の素直に発せざる憾みあつた。」といふ評言が、意外であり、不愉快であり、そして遂に、私の本心から出た言葉とは思へず、「世間」か「金銭関係」(多分菊池寛氏や文藝春秋社を指すのだらう。)に書かされた「嘘」かと疑つたらしい。
してみれば、太宰氏の妄想や邪推も、私への好意の結果とも見られる。
しかし、それを裏切つて、私の評言は私一個の実感であつたのはしかたがない。
「道化の華」が予選前に捨てられ、太宰氏を代表する作として、「逆行」が残されたことには、私も若干の責任がある。
「逆行」の方がよいだらうとの私の意見を、予選者の瀧井孝作氏も多少参酌したらしい。
しかし瀧井氏はかういふことに頑固一徹であるから、他人の言葉によつて自分の眼を失ふ憂へはない。
 とにかく瀧井氏の予選の結果、「道化の華」は芥川賞委員の大半に読まれなかつた。
ところが、最後の決定の委員会席上、佐藤春夫氏が「逆行」ではなく、「道化の華」の太宰氏ならば支持すると云ひ出された。
そこで佐佐木茂索氏が佐藤氏に、予選の結果は先日委員諸氏に通知し、同時に入選諸作も送付してあるのだから、今少し前に「道化の華」がよいと聞かせて貰へば、委員に同作を見せる方法もあつたらうと云ふと、佐藤氏はそれに答へて、しかし、予選の全権を一旦瀧井氏に委託した以上、瀧井氏に従ふべきで、差出口は控へたと云つた。
今更「道化の華」のために決定を延期し、委員会を再開することなど出来ぬのは、止むを得ない。
また、佐藤氏と瀧井氏や私が、「道化の華」か「逆行」かと、優劣論を試みたところで、どうにもならぬ。
 ただ私としては、作者自身も「道化の華」の方を「逆行」に優るとしてゐるならば、太宰氏にすまないとも思ふ。
しかし、「逆行」の方がよいとした私が、太宰氏の理解者でなかつたとしても、今急に考へ改められない。
「生活に厭な雲、云々」も不遜の暴言であるならば、私は潔く取消し、「道化の華」は後日太宰氏の作品集の出た時にでも、読み直してみたい。
その時は、私の見方も変るかもしれないが、太宰氏の自作に対する考へも、また、或ひは変つてゐるかもしれないと思はれる。
     (昭和10年11月)
(『川端康成全集第三十一巻』 新潮社 昭和57年)
今朝の父の一枚です(^^)/
アオノリュウゼツランが花を咲かせていました。
下の方から咲き出して、順々に上へ上がっていきます。

読みたいのだけど、本が絶版になっているようです

民話採光20 
 山男のやさしさ

 白馬岳の山男は獣を生きたまま食べるというが、いつも口が朱いのは獣の血なのかも知れない。
だが、里の子供たちは言う。
「山男はいいひとさ」。
ある夏のさかり、子供らが山から戻る道で「あつい、あつい」と一番歳下の子がべをかいた。
他の子も堪えきれず「あつい、あつい」と大声で叫び出す。
そこへやってきた山男。
大きな葉を一枚ずつ子供らにくれて、頭にかぶれ、そう言ったと。
そして足音もなく姿を消したという。
山男の話はいつも寂しげで、山で一人暮らすその孤独が物語の余韻に色濃く表れる。
子供らの背を見つめる彼の表情は私からは見えない。(阿部海太)

参考:山田野理夫編著『アルプスの民話』(潮文社)、「山男の話」 
(『世界 2023年 8月号』岩波書店)