昨日は、「木枯らし1号」 が吹き今朝は「放射冷却」で寒かったです。
それでも青空が広がり日向を歩いているとポカポカしました(^_^)v
明日は、雨の予報……
〝近畿地方で「木枯らし1号」 29日朝は今季1番の冷え込み予想〟(関西NHK 10月28日)ちばてつやさんが亡くなられましたね…
〝漫画家 ちばてつやさん死去 87歳 「あしたのジョー」〟(NHK 10月27日)
株式会社水木プロダクションの投稿に(10月27日)
ちばてつやさんの訃報。
ちば先生は、水木しげるが心を許していた数少ない漫画家の同志でした。
漫画界の発展に尽力され、心優しかった先生。心よりご冥福をお祈りします。
写真は2007年フランス大使館に招かれた時のもの(水木プロHP「げげげ通信」より)
ちばてつやさんが満州からの引揚げの体験を話しておられます
〝「“地獄の旅”引き揚げ体験」ちばてつやさん〟(NHKアーカイブス 2015年)『平家物語』がそれまでの日本の文学と大きな違いがありました。
第四章 再び転換期
『平家物語』と『沙石集』
平安朝文化が13世紀の貴族社会を超えて、武士および大衆と接する道は、おそらく二つあった。
その一つは、いわゆる「語り物」である。
盲法師が琵琶で伴奏しながら、節をつけて語ったといわれる「平曲」は、その典型的な例であり、『平家物語』は、その「平曲」の文句を書きおろし、編集したものである。
もう一つは、寺院における説法である。
いわゆる「仏教説話集」はその材料として集められ、書きのこされたと想像され、その13世紀における代表的な例は、『沙石集』である。
(『日本文学史序説(上)』加藤周一 ちくま学芸文庫 1999年) 誰が盲法師の語りを聞き、誰が僧侶の説法を聞いたか。
詳しいことは全くわからない。
しかしたとえば『新古今和歌集』の場合と異なり、聞き手が貴族知識人のみではなかったこと、おそらく京都だけではなく広く地方に及んでいたであろうことは、たしかである。『平家物語』、またある程度までは『沙石集』に代表される「仏教説話集」が、和歌とかな物語によって代表される平安朝宮廷文学と決定的にちがうのは、まさにその受けとり手においてであって、その作者の出身階層においてではない。
作者は相変わらず貴族または僧侶知識人であった。
しかし聞き手は、もはや貴族社会の外側へ拡りはじめたのである。13世紀文学のおける最大の事件の一つは、少なくとも『平家物語』と『沙石集』において、作者がみずからの社会的階層とは異なる階層の聞き手(読者)に訴えるようになったということであり、その意味で作者即読者の文学から作者と読者の分離した文学への移行がおこったということである。
文盲の(または文盲にちかい)大衆の聞き手は、当然、話の内容に影響する。
したがって、そこには、貴族のための文学になかった新しい形の人物が登場し、貴族のそれとは異なる大衆の価値観が反映することになった。
…後略…
(『日本文学史序説(上)』加藤周一 ちくま学芸文庫 1999年) 第Ⅰ部 中世・近世編
2 平家語り専業者への闘い
『平家物語』と盲人
(1)「語り」と「歌い」の専業者
琵琶法師は物語の語り手であった。
このことは前章(「1 生活自立への闘い『今昔物語』に現れた七人の盲人を中心に」)で引用した『新猿楽記(しんさるごうき)』の中の「琵琶法師の物語」からもうかがえるが、『普通唱導集』(1297年)には――琵琶法師は平治・平家の物語を皆暗誦していてとどこおることがなかった。――と書かれており、『平家物語』以前に、『保元(ほうげん)物語』『平治(へいじ)物語』などの軍記物を語っていたことがわかっている。
(『盲人の歴史』谷合侑 明石書店 1996年) 琵琶法師たちは語りの専業者であったばかりでなく、「歌い」の専業者でもあった。
次の二つの史料がそのことを物語っている。
『梁塵秘抄口伝集(りょうじんひしょくでんしゅう)』巻十四には
――仁安のころ(1166~68年)さめうしの盲人たちが今様(いまよう)をまねて、珍しい節で唱歌したことは風情(ふぜい)がある。(中略)節はおかしいが今様になぞらえて歌うその音声(おんじょう)は大変結構なものであった。――
と書かれ、著者後白河法皇は盲人たちの歌を「いと尊(とうと)く侍(はべ)りき」とほめている。 また鴨長明(かものながあきら)の「無名抄(むみょうしょう)」には
――藤原忠実(ただざね)の邸で鏡(かがみ)の宿(しゅく)の傀儡(くぐつ<人形を操り語り歌う芸能者>)たちが、神歌(かみうた)を歌った。その歌がちょうどそこに居合わせた源俊頼(みなもとのとしより)の作った和歌であった。
彼は自慢し面目をほどこした。これを聞いた永縁僧正(えいえんそうじょ<興福寺の有名な説教僧>)は、琵琶法師どもに語ってさまざまな物品をとらせ、自作の歌をここかしこで歌わせた。世間の人は「有難き数寄人(すきびと)」といってほめた。このことを聞いた敦頼(あつより)入道はうらやましく思い、物も与えずに盲人たちに「歌へ歌へ」と強制して歌わせ、世人の笑い者になった。―― この二つの史料から次のことがらがわかる。
① 京都左女牛(さめうし)に盲人が集団で住んでいたこと。左女牛小路にあった左女牛八幡ではないかとの説がある(地図参照:省略)。
② 彼らの歌は今様としては曲節がおかしいが、音声(おんじょう)が立派であったこと。今様は普通律調で歌われるが、盲人たちは呂調で歌ったものであろうとの説がある。
③ 近江の鏡宿の傀儡に対抗して歌を歌ったこと。しかも傀儡の歌よりも高い評価をえていたことがわかる。
④ 「物をとらせてここかしこで歌わせた」ことは、この盲人たちが音声にすぐれた歌の専業者であったことを示している。 (5) 伝播の活動
『平家物語』の十二巻本への発展は、琵琶法師の語り活動が大きく寄与しているといわれている。
多くの琵琶法師は全国各地の町へ村へと、漂泊の旅を続けながら民衆に語り聞かせたのである。
当時の絵巻がこの姿をよく伝えてくれる。
鎌倉の片瀬の浜を弟子を連れて歩く琵琶法師の姿がある。
その近くでは一遍上人(いっぺんしょうにん)を中心に踊念仏に熱狂している大勢の僧と民衆がいる。『一遍聖絵(いっぺんしょうえ)』(13世紀末)(図Ⅰ-7:省略) 摂津経(せっつきょう)の島で村人を集めて法然上人が説教をしている。
民衆がその場へ向って集まっているが、その中に琵琶法師の姿も見られる。『法然上人絵伝』(14世紀初)
師弟二人づれの琵琶法師が旅をしている。
弟子はぞうりばきで脇に琵琶をかかえている。
師匠は弟子の肩に手をかけて歩いている。『福富草子絵』(14世紀末)(図Ⅰ-8:省略)
合戦の合間であろう。
大勢の武士が館(やかた)でたむろしている。
そこで一曲語った琵琶法師が、うるさくほえる犬を杖を振り上げて追い払っている。
弟子がそれをとめている。『慕帰絵(ぼきえ)』(14世紀中頃)(図Ⅰ-9:省略)
まとめ
『平家物語』と琵琶法師との結びつきは、作者の思いつきや盲人への憐愍(れんびん)の情からでは起こりえないことである。
琵琶法師が「語り」と「歌い」の専業者として存在し、その実力が世の中に認められていたという素地がなければ、考えられないことである。
『平家物語』の生成・発展は軍記物の文芸作者と琵琶法師集団との共同の戦いであったのであり、単に行長と生仏との問題ではなかったといえる。
こう考えると琵琶法師集団が『平家物語』を獲得していった時、すでに一座があり、その統率者もいたと考えるのが妥当のように思う。
座の結成は『平家物語』の成立前後にまでさかのぼれるのではないだろうか。 私は中世の盲人にすさまじいバイタリティーを感じる。
絵巻物に見られるように、一遍上人の行くところ琵琶法師あり、法然上人の行くところにも琵琶法師がいる。
彼らは杖を頼りに弟子を連れて全国を遊行したのである。
このバイタリティーが「平家物語」を獲得し、自らの社会的地位を向上させていった源泉であったと思う。
(『盲人の歴史』谷合侑 明石書店 1996年)今朝の父の一枚です(^^)/
モズに出会って大喜びでした(^_^)v
冬の飛将軍
モズ
モズは百舌と書く。
どうして「百の舌」なのか、不審に思って調べたことがある。
中国では「百舌」はツグミ科の鳥を指しており、一方、和名にいうモズはスズメ目モズ科。
それを『日本書紀』が誤って用いてより百舌の表記が慣用化したらしい。
中国人がツグミ類に百舌の文字をあてたのは、巧みに鳴きまねをするからだろう。
まるで「百の舌」をもつかのように、いろんなふうに鳴きかわす。
この点では、モズを百舌と書くのはまちがいではない。
モズも上手にまねるからだ。
ふだんは「ギチギチ」といった鳴き方だが、ヨシキリやメジロのさえずりにそっくりに鳴くことがある。
たいては木の先端に辺りをヘイゲイするようにしてとまっている。
喉をふくらませ、さえずりはじめると、あきらかに鳴き声に変化がある。
人が他人の口まねをするように、しきりに転調させている。
獲物をひき寄せるためともいわれている。
モズは肉食鳥であって、やにわに襲いかかる。
鳴きまねをして油断させ、引き寄せるのかもしれない。
学者はすぐに実利的な理由をあげるが、人間にとって他人のまねが楽しいように、そのように鳴いているだけかもしれない。
枯れ木などの先っぽにいると、見晴らしがいい。
つい楽しくなって、さえずりはじめる。
耳馴れている鳴き声をまねていいるのか。
高所のせいと、それに鳴き声からもモズを識別するのはむずかしいが、飛翔のしかたでハタと気がつく。
小さくても猛禽といわれるだけのことはあって、線を引くように、真一文字に獲物をめざす。
精悍なヒョウがすっとんでいくのとそっくりだ。
…つづく…
(『森の紳士録 ぼくの出会った生き物たち』池内紀 岩波新書 2005年)
父がモズに出会ったときに続きを転記します(^_-)
「品切れ」になっていますので、気になる方は図書館などで借りてください(^^)/













