2026年4月11日土曜日

遅かったなぁ…(上賀茂神社へ)

 来週の循環器科受診のために血液検査と尿検査をしてから出かけたのですが
目的地に着いたのが11時40分頃で、売り切れでした(T_T)
お店の人が掃除をしていたので
お聞きすると11時頃に売切れたそうです……
近くに学生時代、食べに行った定食屋があったのですが、
行列ができていたので止めました。
結果それが正解でした(^_^)v
鴨さんの記事に

山城の国一の宮 上賀茂神社」(2011年10月27日)

本日のお題は上賀茂神社。
上賀茂神社は山城の国の一の宮、格式の高い古社です。
境内に入り春にはきれいな桜の咲く馬場を進むと
写真の細殿と砂盛(立砂といいます)がまず目に入ります。
この立砂は神様の降臨する神山だそうです。
左右対称の美しさが目に留まります。

見事な朱塗りの楼門がありますが
その華やかさがあることで奥の本殿の渋さが一層引き立つ
日本建築の美がここにはあります。

そしてお昼前でしたがいそいそと向かった神馬堂のやき餅
売り切れでした・・・

上賀茂神社」(正式には加茂別雷神社です)
交通 市バス4号系統で上賀茂神社前下車。
*地下鉄北山駅から鴨川沿いを歩いてもいいですね~。

続いて鴨さんの記事に

上賀茂神社でお花見」(2014年4月12日)

今日は午後からのお仕事
ということで事務所のみんなで上賀茂へお花見に来ています。
色の濃い目の斎王桜は
今まさに見ごろ。
いろいろな角度から見る桜は少しずつ表情に変化があって
見飽きることがありません。
本当にため息が出る美しさです。


この春も多くの桜たちに会えました。
一年前の厳しい状態から考えると
今、春の暖かい日差しの中にいる自分がとても幸せに感じます。
今日のお花見が催されたわけ。
用意されたものからその意味を私は理解できました。
事務所のみんな
着物関係者の皆様
和菓子店の皆様
また来年も今日のような春の日を迎えられるよう
精一杯精進してまいります。
多くの励ましやご支援、ありがとうございました。



今日は、11日ですが、鴨さんが12日に写した斎王桜は、満開でした。
きっと鴨さんを斎王桜が待っていたと思います。
鴨さんは2014年11月30日に天国に旅立ちました。
会議所女性部さんがコメント欄に

鴨さん
先日は勉強会で御講演いただきありがとうございました。
モデルさんが講師と聞いたときはどうなることかと思いましたが、余計な心配でした。
特に桜に向き合うときはこの瞬間だけでなく、桜と一緒に一年間を振り返りながら見ることのお話しは我に返りました。
また、会場で日経新聞の切り抜きを見せられた時もここまで勉強され、考えている方がいることにも再度驚かされました。
鴨さんの分析力、目利きは経営者としても才能を発揮できる方とお見受けします。
次回は、ぜひ「京の色彩」のお話しをお願いします。
 「(おうち)の木 徒然草に見ゆ

 ◆ばかを嘲(あざけ)る大ばかもの
――五月五日(さつきいつか)賀茂の競べ馬(くらべうま)(第四十一段)

 五月五日、上賀茂神社の競馬見物に出かけたが、私たちの車の前に観客が立ちふさがって見ることができない。
そこで、めいめい下車して馬場の柵へ向かった。
だが、大混雑の群衆をかきわけて、柵に近づくのはとても無理である。
 そんな時、柵の向かい側の、薄紫の花をつけた樗(栴檀<せんだん>)の木に登り、枝にまたがって見物している坊さんが見えた。
枝につかまりながら、ぐっすり寝込んでいて、何度も落ちそうになっては目を覚ます。
 それを見ていた男の一人があきれかえって「なんてばかなやつだ。あんな危ない枝の上で、いい気分で眠りこけてるぜ」と、あざけった。
(『徒然草 ビギナーズ・クラシックス』吉田兼好著 角川書店編 平成14年)
 その時、ふと心に浮ぶままに私は、「私たちに死がやってくるのは、今この時かもしれない。そんな大事を忘れて、のんきに競馬見物して一日を送るなんて、ばかさかげんはあの坊さんよりもひどいんじゃありませんか」と、大きなことを言ってしまった。
 すると、反発されるかと思いきや、前にいた人たちが、「本当にそのとおりですねぇ。まったくばかなことですよ」と、賛成してくれた。
しかも、私たちに、「どうぞ、こちらにお入りなさい」と、自分たちの場所を空けて、呼び入れてくれた。
 これくらいの人生の真理など、誰だって思いつくことだけれど、ちょうどいいタイミングで言ったものだから、すきを突かれたように感じて、心動かされたのだろうか。
人間は、木や石のように非情なものではないから、時と場合によっては、ささいことに感動することもあるのだ。
✿兼好の体験談だが、この時兼好十三歳という(『徒然草全注釈』)安良岡康作(やすらおかこうさく)説を採る。
『徒然草』最終段(243段 267ページ)で父と問答する八歳の兼好を重ね合わせてみると、いかにも頭脳明晰な少年の姿が浮んでくる。
 貴族の家庭に育った兼好少年は、観衆の面前で恥じらいもなく男の無知をたしなめた。
それは、大観衆の競馬場に突如現れた説教少年よろしく、滑稽を絵に描いたような姿だったに違いない。
 だが、少年を笑い飛ばすことなく、温かく受け入れてくれた人々の心を、兼好は終生忘れることができなかった。
兼好の言葉に人々は感動したというが、心から感動したのは兼好のほうだったのである。
 思うに、貴族よりも庶民を信頼し後に出家するきっかけは、こんな体験にあったのではないだろうか。
兼好は、この少年時代の合理思考をそのまま貫くために、出家したようにさえ思える。
(『徒然草 ビギナーズ・クラシックス』吉田兼好著 角川書店編 平成14年)
 名水「神山湧水(こうやまゆうすい)」について 

この手水舎の水は、ご祭神「賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)」がご降臨された神山のくぐり水を汲み上げて使用しています
歴史上特に由緒深い境内の井戸水と同じ水脈の名水であり、飲料用水質基準にも適合しています
       上賀茂神社
(「末社 橋本神社境内のご案内

  【第六十七段

 訳 上賀茂神社の末社である岩本社と橋本社の祭神は、それぞれ在原業平(ありわらのなりひら)と藤原実方(ふじわらのさねかた)である。
人々が、それを常に言い間違えるので、以前、上賀茂神社に参った時に、年老いた宮司がちょうど傍(そば)を通り過ぎたので、呼び止めて、このことを尋ねたところ、「実方は、御手洗川(みたらしがわ)に影が映った所と言うことですので、橋本社の方が御手洗川に近いので、こちらではないか、と思っております。
吉水(よしみず)の和尚(かしょう)、つまり慈円(じえん)の歌に、

  月は愛(め)で花を眺めし古(いにしえ)の優(やさ)しき人はここに在原(ありはら)

とお詠みになった場所は、岩本社と承っております。
けれども、私どもよりも、あなた様の方が、かえってよくご存じかと思います」と、たいそう丁寧な口ぶりで言ったのは、本当に素晴らしい態度と思われた。
(『徒然草』兼好著 島内裕子翻訳 ちくま学芸文庫 2010年)
樟橋(長寿橋)」

 今出川院(いまでがわのいん)の近衛(このえ)という、勅撰集にもたくさん入集(にっしゅう)している女性歌人は、若い時に、常に百首の歌を詠んで、あの二つの社の御前の水で墨を磨(す)って歌を清書して、手向けなさったという。
彼女はまことに、無上の誉れがあって、人口(じんこう)に膾炙(かいしゃ)している歌も多い。
漢詩や、漢詩の序文なども、立派に書く女性である。
 これも故実であるが、歌学に関することであり、歌人であった兼好の関心であったことがわかる。
年老いた宮司が、兼好に向かって「あなたこそ、詳しくご存じでしょう」と言ったのは、兼好その人と認めて言った言葉なのか、あるいは、風貌からしていかにも故実に通じていそうな人物に見えたのか。
兼好の姿が、他者の眼を通して、見定められた段である。
第四十一段の賀茂の競べ馬の場面が思い出される。
(『徒然草』兼好著 島内裕子翻訳 ちくま学芸文庫 2010年)
国宝本殿 特別参拝」は残念ながら「只今休止中」。
神社名:片山御子神社(かたやまみこじんじゃ)通称:片岡社<かたおかしゃ>
御祭神:賀茂玉依姫命(かもたまよりひめのみこと)
御神徳:縁結び・安産・家内安全

紫式部と片岡社のゆかり

 平安時代、千年の時を超える恋愛小説「源氏物語」を書いた紫式部。
当神社に参拝した彼女は、恋の成就を願って縁結びの社 片岡社に祈りました。
そのとき詠んだ恋の歌が、今も昔も変わらない、好きな人を想う気持ちを伝えています。

 『新古今和歌集 巻第三夏歌 191番 紫式部』
(詞書) 賀茂にまうでて侍りけるに 人のほととぎすなかなんと申ける
      あけぼの 片岡のこずえ おかしく見え侍りければ

 ほととぎす 声まつほどは片岡の
  もりのしずくに たちやぬれまし
『通釈』(前書き) 上賀茂の社に参拝したときに、きっとほととぎすが鳴くだろうと
      あなたがおっしゃられた 明け方 片岡社の森の梢が美しく見える

  ほととぎすの声を待つ間は、片岡社の森の梢の下で
    朝露にしずく濡れても、ずっと待っています


 「ほととぎす」とは、紫式部が想いを寄せる男性。
  ~あなたが現れるまで、私はいつまでも待っています~
  という恋心を詠んだ歌と解釈されています。
       上賀茂神社

京のスケッチ “光る君へ”新年に恋の願いを」(NHKアーカイブス 2024年)
 岩上(がんじょう) 

賀茂祭(葵祭)には宮司はこの岩の上に蹲踞(そんきょ)、勅使と対面し、御祭文(ごさいもん)に対して神のご意志を伝える「返祝詞(かえしのりと)」を申す神聖な場所である。
太古御祭神が天降りされた秀峰神山(こうやま)は本殿の後方約2kmの処に在り、頂きには降臨石(こうりんせき)を排し、山麓には御阿礼所(みあれしょ)を設け厳粛な祭祀が斎行されてきた。
この岩上は神山と共に賀茂信仰の原点であり、古代祭祀の形を今に伝える場所である。
神と人との心の通路(かよいみち)でもあり、『気』の集中する場所である。
    上賀茂神社
       
葵まつり」(NHKアーカイブス 1953年)

葵祭 京都・三大祭りの一つ」(NHKアーカイブス 2011年)
境内の庭園渉溪園(しょうけいえん)の小川では、
賀茂曲水宴(4月12日)」の準備中でした。
「末社 岩本神社」(境内のご案内

  …つづく…

0 件のコメント:

コメントを投稿

申し訳ありませんが,日本語だけを受けつけますm(_ _)m