昨日は、一日中、雨でした。
雨が降ったおかげで草木が生気を取り戻していました。
午後3時頃、夕食のための買い物に出かけると
空が暗くなりザーッと雨が降り出しました。
今日は、いつまでも降り続く大雨ではなく通り雨で助かりました。
「長崎と佐賀 線状降水帯のおそれ 関東甲信などは梅雨明け」(NHK)梅雨明けが、今頃なんだと思ったけど「平年より1日早く、去年と同じ」なんだ。
大阪が早すぎたのだ
「令和7年の梅雨入りと梅雨明け(速報値)」(気象庁)
公園を歩いているとセミの声、特にクマゼミが元気というかウルサイ!!!
子どもの頃、こんな大合唱だったという記憶がないのだけど…第10章 梅雨に孵化するために
雨期に孵化する重要性
…省略…
温暖化と梅雨の時期
繰り返しになりますが、卵の休眠が終わってから孵化できるまで発生する過程は、温度が高いほど速く進みます。
したがって、大阪が今より涼しかった時代には、クマゼミの卵の発生が進んで孵化可能になっていたのは、今よりも遅い季節だったはずです。
もしも梅雨の時期が今も昔も変わらないならば、かつてはクマゼミが孵化可能になっていたのは梅雨が終わってからだったかもしれません。
もしそうなら、暑くて乾燥した時期になってしまうので、クマゼミの卵の大部分は孵化できず、仮に孵化できたとしても一齢幼虫は硬い土に潜れずに死んでいたことになります。
温暖化によって、クマゼミの発生が速く進み、孵化できる季節が早まって梅雨と一致したのなら、幼虫がうまく土に潜って木の根にたどり着ける可能性が高くなり、クマゼミの増加につながったと考えることができます。
わたしたちはこの可能性を探ることにしました。
(『クマゼミから温暖化を考える』沼田英治 岩波ジュニア新書 2016年) まず梅雨の時期が変わったどうかを調べました。
気象庁(当初は中央気象台)は1951年以降、毎年梅雨入り宣言と梅雨明け宣言をしています。
これに基づいて近畿地方の梅雨の時期を、図10-5(「大阪における梅雨の時期とクマゼミが孵化可能に時期の関係……」:省略)に灰色の棒で示しました。
このグラフの縦軸は6月30日からになっているので、毎年5月の終わりか6月の梅雨入りの日はグラフの範囲より下になります。
そして、灰色の棒の上端が梅雨明けの日を示しています。
ただし、1993年には5月30日に梅雨入りの宣言が出ましたが、何と梅雨明け宣言のないままに梅雨が終わってしまったのでこの図に棒を示せませんでした。
この図から明らかなように、梅雨明けの日は年によって早かったり遅かったりしますが、全体としてみたら、1951年以降梅雨の終わる時期は早くも遅くもなっていないことがわかります。 過去の孵化時期の推定
それでは温暖化が進む前には、クマゼミはいつ孵化できるようになっていたのでしょうか。
今より涼しかったのですから、当然今よりも遅かったはずです。
図10-2に示したわたしたちの実験と同じことを過去にしている人がいればよかったのですが、残念ながらそのような研究はないし、もちろん過去にさかのぼって実験することもできません。
そこで、わたしたちは現在のクマゼミを使って室内実験を行い、その結果から過去のクマゼミの孵化時期を推定することにしました。
クマゼミの雌成虫に産卵させ、その卵を25度に60日間おいた後、10度に120日間おいて、休眠を終わらせました。
この休眠を終えた卵をさまざまな温度に移して、いつ孵化するのかを観察しました。 その結果から、温度と「休眠の終わったクマゼミの卵が孵化までにどのくらいかかるか」の関係を得ることができました。
ここには書きませんが、この関係は数式で表すことができます。
これは実験室の一定温度のもとで得られたものですが、これをもとに野外の変化する温度条件での孵化までの時間を推定することができます。
気象庁によって記録されている20世紀に入ってからの大阪の気温データにもとづいて、「クマゼミが孵化可能になる時期」、言葉を変えると「この時期に雨が降るとクマゼミが孵化する時期」を推定し、図10-5(前掲)に黒丸と縦線で示します。図10-2(「大阪における雨の日の割合と5種のセミの孵化時期」:略)や図10-3(「クマゼミの孵化可能な卵を大阪の自然条件に移した場合の孵化」:略)と違って線は縦方向になっていますが、同様に、縦線の下端は5パーセント、黒丸は50パーセント、上端は95パーセントが孵化可能になる時期です。
時代が進むにつれて温暖化が進行し、この縦線はだんだん下がっています。
実際に孵化時期を調べた図10-2の結果と同様に、近年はこの縦線がだいたい梅雨の時期の後半におさまっていますが、時代をさかのぼって1950年代くらいになると縦線は梅雨の時期の終わりにわずかにかかるくらいになります。
それ以前には梅雨入り宣言、梅雨明け宣言のデータがありませんが、20世紀前半ではクマゼミが孵化できるまで発生が進んだのは、梅雨の終わりごろだったと推定できます。
もしそうだとすると、かつてはクマゼミの幼虫は、近年のようにうまく雨の日に孵化することができなかったと考えられます。 過去の気象データは気温だけではありません。
降水量のデータもあります。
そしてクマゼミの卵は孵化できるようになってから10日以内に水を与えると、ある程度はうまく孵化できることから「クマゼミが孵化可能になってから10日間に降水量1ミリメートル以上の雨が降ったら孵化できた」という仮定のもとに、どのくらいの卵が孵化できたかをグラフにしました(図10-6「大阪の自然条件において孵化できる状態のクマゼミの卵が10日以内に雨にあう割合」:略)。
そうすると、かつては何年かに一回、ほとんど孵化できない年がありました。
したがって、これらの年の前年に卵を産んだクマゼミはほとんど子孫を残せなかった違いありません。
しかし、1986年以降は、孵化率が50パーセントを割ることは一度もありませんでした。
孵化時期が早まって梅雨と一致するようになってからは、どの年も雨の日に卵が孵化できたとわかります。 これらをまとめると、クマゼミ増加について以下のような説明が成立します。
クマゼミは休眠が終わってから発生して一齢幼虫のからだが完成するまでに時間がかかるために、かつての大阪では梅雨の時期に孵化できるものが少なく、年によっては孵化できるようなった時には雨が降らないために、孵化できなかったり晴れた日に孵化したりして死んでいたと推定されます。
ところが温暖化によって休眠が終わってからの発生が速くなり、うまく梅雨の時期に孵化できるようになって幼虫の生存率が高くなり、クマゼミが増加したのでしょう。
このようにして、わたしたちは実験と過去の孵化時期の推定結果から、春の温度上昇がクマゼミにとって有利になったと結論しました。
(『クマゼミから温暖化を考える』沼田英治 岩波ジュニア新書 2016年)
「昭和26年(1951年)以降の梅雨入りと梅雨明け(確定値)」(気象庁)年々、夏の暑さを無事過ごせるのかと不安になります。
暑
暦の上では夏は五月はじめの立夏から八月はじめの立秋前日までの三ヵ月間。
しかし、一般的印象では時として肌寒い日もある梅雨は雨期で、梅雨が明けてからが本格的な夏というところではあるまいか。
本格的な夏、言い換えれば盛夏。
それが暦の上では、盛夏すなわち晩夏ということになるのだから、なんともはや忙しい。
(『歳時記百話 季を生きる』高橋睦郎 中公新書 2013年) 白川静(しらかわしずか)『字訓(じくん)』によれば、夏という漢字は儀容を整えた人の舞う形といい、盛大の意があるので、陽気な盛んな季節としてその字を借用したのだろう、とする。
日本語のナツの語源については、ナヅ(撫づ)と関係ある語で、接触によって穢(けが)れを落とす、季節の祭祀(さいし)から出た語かとする折口信夫(おりくちしのぶ)説が参考になるか、という。『日本国語大辞典』は八語源説を列記するが、最初にアツ(暑)の転、アツ(温)の義、アツ(熱)の義を挙げ、二にアナアツ(噫暑)の義、三にネツ(熱)と通ずるか、という。
語源として当否はともかく、夏は暑いという実感が説の根拠だろう。
関連の季語には暑さ、大暑(たいしょ)、極暑(ごくしょ)、溽暑(じょくしょ)、炎暑(えんしょ)などがある。 なんとけふの暑さはと石の塵(ちり)を吹く
石も木も眼(まなこ)に光る暑さかな
青雲(あおぐも)に底のしれざる暑さかな
順に鬼貫(おにつら)、去来(きょらい)、浪化(ろうか)。
大暑は小暑と並び二十四節気の一つだが、大いなる暑さの意味で使うこともある。 念力(ねんりき)のゆるめば死ぬる大暑かな
玉(たま)の緒(お)にすがりて耐(た)ふる大暑かな
月高く大暑にくらき野山かな
順に鬼城(きじょう)、風生(ふうせい)、杜藻(とそう)。
二十四節気の大暑は現在の暦の七月二十三日、二十四日頃だが、この日を過ぎてさらに暑さの極まるのを極暑という。 蓋(ふた)あけし如(ごと)く極暑の来(きた)りけり
句は立子(たつこ)。
炎暑といえば炎(も)えるような暑さ、溽暑といえば湿度の高い蒸すような暑さをいう。
貞(てい)、圭岳(けいがく)。
炎暑の田しづかに暑さあつめり
庭山は埃汚(ほこりよご)れの溽暑かな
(『歳時記百話 季を生きる』高橋睦郎 中公新書 2013年)今朝の父の一枚です(^^)/
ミソハギ
全国に分布する雑草。
高さ50~100cmの多年生草本。
野原や水田周辺の湿ったところに生育する。
茎は直立し、葉は披針形(ひしんけい)で対生する。
8月頃の開花期に、茎の上部の葉腋に淡い赤紫の花をつける。
和名は〝禊萩(みそぎはぎ)〟から来ているといわれ、盂蘭盆などにこの花を飾ったりお清めの道具に使ったりするという。
【食用法】新苗葉を茹でて水にさらし、油や塩にて調理する[救荒本草][林]。
日常の野菜ならびに救荒用とする[半澤]。
(『救荒雑草 飢えを救った雑草たち』佐合隆一 全農協 2012年)